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「学長からの手紙」番外編 〜 新聞・雑誌への寄稿文から 〜

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2011年9月発行 オルソタイムズ 「“汗牛充棟”この一冊」

「オルソタイムズ」は、科研製薬株式会社が2007(平成19)年より季刊発行している、整形外科医等医療関係者向けのタブロイド判情報紙です。骨、関節、リハビリテーションなど運動器の幅広い分野を網羅した興味ある話題、最新の情報を読みやすい紙面で提供しています。
「“汗牛充棟”この一冊」は、全国の整形外科専門医の先生から、おすすめの本をコラム形式で紹介していただくコーナーです。菊地理事長兼学長のコラムは2011(平成23)年9月発行の vol.5 No.4 に掲載されました。

梅原猛  「隠された十字架−法隆寺論−」

元々は文化系志望だったので、書庫の半分以上は医学以外の本が占拠している。
引越しのたびに捨てているので、青春時代に読んだ本の粗方は散逸してしまった。おまけに、乱読、雑読なので、他人様(ひとさま)に紹介できる本は持ち合わせていない。本稿では、心に残っている書籍を紹介する。

 

医師として、修業時代に熟読した本は、Ian Macnabの『BACKACHE』(1977年)である。帰国する時に、裏表紙に温かい言葉とともに署名していただき贈られた。
彼からは、医学、医療、そして生き方まで、朝から晩まで一緒に行動して学ばせていただいた。彼の哲学なしに、現在の自分の研究、教育、診療上の行動様式はあり得ない。この本は、医師として原点の一つである。
(写真左より「BACKACHE」表紙、裏表紙サイン、Macnab先生からの励ましの言葉) ※クリックで拡大

医学から離れて、世の中の事象をみたときにどう捉えるのか、すなわち考え方を学んだという点では梅原 猛の『隠された十字架−法隆寺論−』(1972年)は忘れられない。私が大学を卒業した翌年の出版である。
今、振り返ってみれば、この本とその翌年に発表された『水底の歌−柿本人麿論−』(1973年)は、“梅原古代学”の出発点になった本でもある。

彼は、ここで聖徳太子は怨霊であり、法隆寺は怨霊鎮めの寺であるという仮説を提示して、世間に衝撃を与えた。続けて、万葉第一の歌人で、歌聖と謳われている柿本人麻呂は流罪となり刑死した、という大胆な仮説を発表したのである。

彼はその後も、研究を続けて、藤原不比等の存在に光を当て、当時の宗教観の中に存在した怨霊という面からの考察の重要性を世の中に問うた。今や、その概念は定着したと言って良い。
私の書庫の一段は、今では彼の著作で埋め尽くされており、溢れ出ているほどである。

私が彼の本から学んだことは、仮説を立てること、そして概念(コンセプト)を確立しての考察の大切さである。
われわれ医学や医療の世界でも、これは同じである。患者から共通項を見出し、そこから仮説を立てる。次に、一つひとつの症状や所見、そして一人ひとりの患者の病像がその仮説に矛盾しないかを検証する、この繰り返しである。 真に、「ある仮説によってすべての事実を矛盾なく説明できれば、その仮説は定説として認知されるべきだ」(ドイツの数学者 ヒルベルト)という考え方である。

彼の研究者としての素晴らしさは、自分の仮説が誤りだと分かると、きちんとそれを提示しているところである。
1970年に発表して1985年に文庫本として出版された『神々の流竄(るざん)』で、彼は「出雲神話はヤマトに起きた物語を出雲に仮託した」としていたのを、2010年の著作で誤りであったと率直に表明している。
研究者として、潔さとともにその継続性も見習わなければならないと痛感している。

 

 

 

 

( ※ Webページ向けに読点や改行位置を編集し、転載しております)

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