菊地臣一 コラム「学長からの手紙  〜医師としてのマナー〜

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122.違った視点で考える習慣を

一つの物事や事実を考える場合に、視点を変えることにより、全く違った視野が広がります。それについて幾つか例を挙げてみましょう。

一つは、私の専門分野である「脊椎」の事です。脊椎の中で、腰部脊柱管狭窄というのは、最もありふれた病態です。しかし、そのありふれた病態も疾患別に分けてみると、脊椎症、変性すべり症、分離すべり症といった昔からの分類でしか治療をしてこなかった事が現実です。しかし視点を変えて患者さんの起こす症状からみると、その疾患の代わりに全く別な視界が広がります。即ち馬尾障害、神経根障害、および両者の合併という形です。しかもそれぞれの神経障害の形式により、治療法や、予後や、自然経過も異なります。そうすると、症状を基準にして治療法を決め、それにそのそれぞれの症状を起こしている疾患の特異性を考えて、治療法を確立すれば良いわけです。このように見方を変えると、まるっきり視野が異なります。

もう一つ例を挙げてみましょう。解剖では黄色靭帯は、椎弓の間を繋ぐ組織としての意味しかありません。しかしこれが脊椎外科医からの眼から見ると、黄色靭帯の頭側付着部は、articular segmentを越えて上の椎弓の中下1/3に付いています。尾側付着部は、intraosseous segmentの最狭窄部位に付着しています。ということは、黄色靭帯の頭尾側付着部を外せば、少なくとも脊柱管の後方除圧は達成出来ます。このように、肉眼解剖と臨床解剖とはその視点を異にしますし、その視点の違いによってぜんぜん自分の目の前に広がる視野が異なってしまいます。

一般の事にでもこれはあります。私自身の面白い経験を記してみます。Body Brushというものがあります。Body Brushは、柄と Brushの付いている体部とからなっていて、その多くはそこが取り外しが出来るようになっています。私はBody Brushというのは、柄と体部が離れないものしか見た事がないために、そこが外れるBody Brushを見た時に最初に感じた事は、安物だから柄と体部を一体として作れないから、バラバラに作ってあるのだろうと思っていました。そこで私は接着剤でこれをくっつけてしまいました。数ヵ月後、案の定そこから腐ってしまいました。そのことを家人に聞いたところ、その多くはもともと外れるように出来ている。その理由はBrushの付いているところを手に持って使いたい人の為に外れるようになっていることと、もう一つは収納、あるいはコストという面からも元来外れるように出来ているということです。これも視点を考えれば合点のいくことです。一方的にしか考えていないから、別な見方は全く出来なかった訳です。

ですから、仕事の上でも視点を時には変えてみることが大事なのではないでしょうか。

 

 

 

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