菊地臣一 コラム「学長からの手紙  〜医師としてのマナー〜

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110.医師から誇りを取ったら何も残らない

医師は、職業に対する誇りをもてること、収入が良いこと、及び生活の安定が生涯に渡って保障されることなどにより以前は人気のある職業でした。しかし最近は、生涯賃金は一部上場企業の管理職より低く、また年間所得も35、36才を境に一部上場企業のそれよりも低くなってしまいます。さらに悪いことには、昨今の病院は医師過剰時代を迎えて、特殊技能や人柄の良さといった他人に抜きん出た美点がなければ地位や身分の安定も得られないのが現状です。

金銭的なことや身分保障だけを考えると、医師などとてもやっていられません。現在は医師として余りにも多くのことが要求されます。給料は高くないし、超過勤務手当てはつきませんが、時間外勤務は当然のこととして周囲から期待される。旨くいって当たり前、少しでも旨くいかなければ治療前の説明不十分だとか、医療過誤だとか、権利の乱用とさえ思えるような要求が、我々の目の前に持ち出されて来ます。こうなると馬鹿馬鹿しくてやっていられないというのが本音なところでしょう。少し気の利いた人なら、もう少し別の職業を選ぶと思います。既に医師は人気のある職業ではなくなっています。同じ苦労をするなら、もう少し効率の良い職業が一杯目に付きます。

では、我々現に医師として働いている人間は、どのようなことに希望を持ったら良いのかということが気になります。プロフェッショナルとされる弁護士、牧師、医師の中でも、自分の為した行為により他人に感謝され、しかも自分の職業や自分の行為に誇りを持てる、という点では我々医師はプロフェッショナルの中でも飛び抜けて高いような気がします。真夜中に起こされ、時間に関係なく働くことを当然の事とされ、朝早くから病棟回診し、患者さんの管理を夜を徹して行うということが、毎日の定常業務のようになされています。しかもその様な状態を誰も不思議には思いません。

しかし、見ている人は見ているのです。酒を飲んだ時に研修医がよく語るように、「先生方は何時寝るのですか」、「先生方は何時家に帰るのですか」という入院患者さんからの質問は、裏返して言えば、それは尊敬、あるいは共感の言葉なのです。我々は、金のためでもなく、地位のためでもなく、ただ患者さんを何とかしたいという気持ち、即ち「他人に感謝されることをやっているのだ」という誇りだけで他人の寝ている間にも毎日24時間働いているのです。

だからこそ、一旦入院して医師というものの実情を目の当たりにした患者さんは、即、医師のファンになるのです。ですから、我々は誇りを失ってはなりません。誇りがあるからこそこの辛いendlessの勤務が出来るのであって、そのことは十分意識して行動すべきだと思います。見返りのない働きだからこそ、他人の共感を呼ぶのだと思います。

 

 

 

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