菊地臣一 コラム「学長からの手紙  〜医師としてのマナー〜

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61.自らを律せよ

私が常に医局員に言う言葉の一つに「自らを律せよ」という言葉があります。自らを律せなくてどうして他人を律せられようか。考えても見て下さい。自分の事を自分でコントロール出来なくて何故他人をコントロール出来るでしょうか。また、他人をコントロールしようとしてもうまく行く筈があるでしょうか。ありません。

最近よく目に付く事に以下に述べるような事例があります。MRの人や器械屋さんの営業マンとアポイトメントを取って会うとします。その時に往々にしてドクターは彼等を約束をした時間よりも大幅に遅れて待たせる事があります。立場を変えて見ましょう。もし自分がMRや営業マンだったっら何の断りもなしに、30分・1時間と待たせられる人間の怒り、哀しみを。口で対等と言っていながら、やっている事は対等でも何でもありません。横柄そのものです。この事例は2つの事を教えてくれます。一つはドクターが対等の関係である事を頭で理解していても、実際には完全に身に付いていない事、二つ目は待たされる身になって考えていない事、この二つを表しています。

御互い何かの縁で、ある立場で自分の人生を生きているわけです。時と場所が違えば自分も現在相対している人間の立場になっているかも知れません。御互いの関係はあくまでも対等です。それは、契約関係に基ずいているだけの話なのです。だとしたらドクターにコメディカルの人や医療関係者を待たせる権利はありません。何か事情があって待たせるとしたら、最低限連絡をすべきです。私が何時でも言う様にプロとして大事な事は、確認です。遅れるなと言っているのではありません。遅れる事もあるでしょう、でも遅れるのであれば予め連絡をすべきです。先の見える遅れは待っていられます。しかし、先の見えない遅れはイライラするものです。

例えば、入院患者さんでも同じです。あなたの退院は何時です、あなたの検査の予定はこうなっています、今後の治療スケジュールはこうです、という事が予め知らされている患者さんは十分に待てます。なぜなら先が見えるからです。でも、明日何をするか分からない、自分の手術は何時になるか分からない、自分のスケジュールはどうなっているのか分からない、こういった人間には待つのは地獄です。ですから自らを律する事の中には相手の立場に置き換えて直ぐに考えられ人間でもあるという事も含まれています。人に命令する立場が多い医師にとっては、自らを律する事が非常に大事です。自らを律する事ができなくで、他人に厳しく自分に甘くというのは医師である資格はありません。自重して下さい。

 

 

 

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