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序論 -- 光が曲がる? --

現在の重力理論はNewtonの「万有引力の法則」に始まる(1701)。Newton自身は, 光の直進性を疑いもしなかったようであるが,後にこの重力理論を使って, Cavendish(1783), Soldner(1801)はそれぞれ独立に,光が非常に 重い天体の近くを通過する場合,光路が $\Delta\varphi_N=2GM/c^2r$ (こ こで$G,c$は重力定数および光速で,$M,r$は天体の質量および半径)だけ曲がる ことを指摘した。この角度を太陽に対して算出すると, $\Delta\varphi_N\simeq0.85$[秒角]で,当時の観測技術で検出するには あまりにも小さな角度であった(1秒角は$1^\circ$の3600分の1で,1cmの物体を 2km離れたところで見たときの角度)。この為,当時は光の湾曲について殆ど注 目されなかった。

光の湾曲が再び着目されたのは,Einsteinが一般相対性理論を発表した後のこと であった。一般相対性理論によって,重力を時空の幾何学として扱うことが可能 になった。物体が存在することで重力が生じ,その重力によって周りの時空 が歪められる。光は時空に沿って道筋が最短になるように伝播するので,時空が 曲がっていれば光路も湾曲することになる。Einsteinは一般相対性理論を使って, 光が天体の重力によって曲げられる角度はNewtonの重力理論で得ら れる角度の2倍( $\Delta\varphi=2\Delta\varphi_N=4GM/c^2r$)であることを予言 した (2)。 これを受けて,Eddingtonは1919年の皆既日食の際に太陽の近 くに見える天体の位置を正確に観測し,太陽の影響がないときの同じ星の位置と の比較から, $\Delta\varphi_\mathrm{obs}=1.60\pm0.31$[秒角]のずれを検出し た。この観測によって,一般相対性理論の正しさが立証された。

また,Eddington (1920)は,光の軌道が曲がれば,光源からの光は2つの像として観 測される(多重効果)ことを示唆している。更にChwolson (1924)は,一方の像は元の 光源より明るく,他方は暗くなること(増光効果)を指摘した。Einstein (1936)は光 の湾曲によって生じる2つの像の明るさが変わること(重力がレンズのように光 に作用する,という意味でこれを「重力レンズ効果」といい, この効果を生じさ せる重力源である天体をレンズ天体という)を導き,これを定式化している。た だしこの時点でEinsteinは,レンズ天体が星のような天体では光路の曲がる角度 も小さく,重力レンズ効果が現れる現象は非常に稀にしか観測されないであろう と悲観的であった。これに対して,Zwicy (1937)によって,太陽のような星で はこの現象は稀かもしれないが,系外銀河(アンドロメダ大星雲のような我々の 銀河系の外に存在する銀河)のような重い天体ならばこの効果が実際に観測され る可能性は高い (3)ことが指摘された。

実際に重力レンズ効果の認められる天体が発見されたのはZwicy から約40年後のことであった。Walsh et al.はQ0957+561A,Bという2つ のクェーサー(準星)のスペクトルが殆ど一致していることから,これらは同一の 天体が重力レンズ効果(多重効果)によって,2つの像として見えているだけであ ること見出した(Walsh et al., 1979)。Q0957+561A,Bのように,1つのクェーサーが複 数の像として観測されるクェーサーは多重クェーサーと呼ばれている。多重クェー サーの他にも,観測者-レンズ天体-光源が一直線上に並んでいるときに現れる Einstein リング(光源がリング状に見える)と呼ばれる天体(例えば, MG1131+0456: Hewitt et al., 1988)や,光源の形が非常に大きく歪んだ巨大アークと呼ばれ る天体(例えば,A370, CL2244-02: Lynds & Petrosian, 1989)もいくつか観測されている。 Walsh et al.の発見以来現在までに約80の重力レンズ効果を受けている であろう天体が発見されている (4)

現在までに発見されている約10,000個のクェーサーの中で,多重クェーサーを見 極める条件は何か?これは非常に難しい問題である。現在のところ次の点をクリ アしていれば重力レンズ効果であると判断されている。

  1. 複数の像が見えていて,各像の分離角度が非常に小さい(高々数秒角)
  2. 各像のスペクトルが非常に似ている
  3. 複数の像の間にレンズ天体となりうる天体が光源より手前にある
第1の条件は,重力レンズ効果は通常の天体(星,銀河,銀河団など) で生じるので,表1からもわかるように光路の曲がり角は高々十数秒角となる, ということからきている。 曲がり角がこれ以上大きな場合はブラックホールなどの異常な現象と見なされて いる(とはいっても現在までのところ,そのような現象は報告さていない)。 第2の条件は,重力レンズ効果がすべて波長の光に対して同じ効果をもたらす, ことに基づいている。従って像が異なっても,それが同一の光源の像であれば, 少なくとも各像のスペクトルは同じである筈である。更に,天体のスペクトルは 人の指紋のようなもので,一般に,天体が異なればスペクトルも異なっている。 第3の条件は必ずしも必要ではない。しかし,複数の同じスペクトルを持つ像が 観測され,それらの間に銀河のような天体が観測されれば,その現象が重力レン ズ効果による現象であることを決定付けることになる。



表 1. 各階層における光の曲がる角度
天体 質量 [g] 半径 [km] 曲がる角度 [秒角]
木星 $\sim10^{30}$ $\sim10^5$ 0.0175
星(太陽) $\sim10^{33}$ $\sim10^6$ 1.75
銀河 $\sim10^{45}$ $\sim10^{18}$ $>1.75$
銀河団 $\sim10^{48}$ $\sim10^{20}$ $\sim17.5$


yoshidah
平成17年7月21日