研究室紹介

研究テーマ

  1. 遺伝子改変技術による高次脳機能を媒介する神経回路機構の解明
  2. 神経難病モデルを用いた医療技術の開発
  3. 霊長類脳機能研究への基盤技術開発

研究活動

私たちの脳は、学習や経験に依存して行動を獲得し、環境に応じて適切な行動を実行するために重要な役割を担っています。その環境に変化がある場合、既得の行動は新しい行動に変換されます。道具的学習は、行動の結果得られる強化因子が動物の行動に影響を与える学習の様式のことをいい、行動が報酬など正の強化因子に結びつく場合には、その反応の頻度は増加しますが、一方、行動が罰など負の強化因子に結びつく場合には、その反応頻度は低下します。さらに、行動とその結果の連合は、刺激と行動の関係の学習に結びつくことによって、特定の条件のもとで強化因子と関係する行動を選択することを学びます。このような道具的学習は、意志決定などの随意的な行動の基盤となりますし、その機能の異常はさまざまな神経・精神疾患の病態に関係することが知られています。

学習の獲得や実行には多くの脳領域が関わりますが、特に、大脳皮質と基底核という脳領域を結ぶ神経ネットワークが重要な役割を持つと考えられています)。基底核の中の中心的な構造である背側線条体という脳領域は、大脳皮質および視床髄版内核からのグルタミン酸性の入力と腹側中脳(黒質緻密部)からのドーパミン性の入力を受けています。また、線条体からの出力は、主に、直接路と間接路と呼ばれる2種類の経路を経て基底核の種々の神経核に投射します。また、背側線条体には上記の2種類の投射経路を構成する神経細胞に加え、アセチルコリンあるいは抑制性アミノ酸を神経伝達物質とするさまざまな介在神経細胞が存在しています。これらの介在細胞は局所の回路の活動を調節して、線条体からの出力の特性を調節すると考えられています。

このように、学習の獲得・実行や切り替えを媒介する神経ネットワークはとても複雑です。現代の脳科学において、複雑な神経回路が行動をどのように媒介し、回路のどのような変化が病態に結びつくのかを解明することが重要な課題となっています。これらの機構の解明において、神経回路を構成する特定の細胞タイプの機能やそこで発現する遺伝子の機能を改変した動物モデルは有益な実験系を提供します。そこで、私たちの研究グループは、独自の遺伝子改変技術を駆使して、行動制御を媒介する脳神経回路の仕組みを明らかにしようと研究を進めています。この研究によって、脳内において特定の情報がどのように処理され、動物の行動がどのように制御されるのかに関する仕組みの解明に迫りたいと考えています。このような脳内の仕組みが理解されれば、神経回路の異常に基づく脳の疾患の病態を回路の機能を調節することによって回復させる治療法やリハビリテーションの方法の開発に結びつくものと考えています。

本部門で開発した遺伝子改変技術として、イムノトキシン細胞標的法という技術があります。この方法では、複雑な神経回路から遺伝子発現の特性を利用して、標的の神経細胞種を選択的に取り除くことができます。この技術は、遺伝子改変技術を利用した神経回路の機能の改変に応用され、多くの成果を生んできました。最近、神経終末部位から遠方に存在する細胞体領域へ特定の遺伝子を導入できる高頻度逆行性遺伝子導入ウイルスベクター系を開発しました。このベクター技術を応用することにより、選択的な神経回路の操作技術が飛躍的に進展しています。

これらの技術は、げっ歯類ばかりでなく霊長類モデル(サル)の脳研究へ結びつける基盤技術を提供します。ヒトに近い脳機能を持つ霊長類モデルの研究は、高次機能や脳の疾患の研究に役立ちます。私たちは、他の研究機関との共同研究により、霊長類モデルの中枢神経機能を媒介する神経回路の研究も推進しています。さらに、これらの基礎的知見をもとに、パーキンソン病や統合失調症などの神経・精神疾患の原因究明に結びつけるとともに、新しい治療法の開発へと役立てたいと考えています。

教育活動

本部門は、医学部生の基礎医学教育の一環として、主に、3つの教育活動を行っています。

  1. 生化学コース分子生物学(医学部2年次):分子生物学の基礎と医学への応用について講義する。
  2. 基礎特別講義(医学部3年次):基礎的な脳科学研究から、臨床神経学へ結び付ける橋渡しとなる講義を行っています。
  3. 基礎上級(医学部4年次):脳科学研究の基礎実験を体験するため、実習形式で授業を行っています。

本部門は、学部生の教育とともに、医学部大学院教育にも尽力しています。本部門の脳科学分野における分子生物および分子遺伝学研究に興味を持ち、精力的に研究を推進できる若くて活気のある大学院生やMD.PhD.コースの学生の方の参加を歓迎します。