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2016.12 大阪大学との共同研究に関する論文がアクセプトされました。

Mitochondrial reactive oxygen species suppress humoral immune response through reduction of CD19 expression in B cells in mice
ミトコンドリアで発生した活性酸素によりマウスB細胞のCD19発現が低下し抗体産生が抑制される
Masato Ogura, Takeshi Inoue, Junko Yamaki, Miwako K. Homma, Tomohiro Kurosaki and Yoshimi Homma
European Journal of Immunology, 2016, in press, DOI: 10.1002/eji.201646342
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/eji.201646342/full

活性酸素はさまざまな生命活動に関与することがわかっています。特に、過剰に産生された活性酸素が「がん」や「動脈硬化」を引き起こすことが広く知られています。
活性酸素には、酸素呼吸(エネルギー代謝)に伴って恒常的に発生する代謝型と、刺激(がん細胞や微生物)に伴って産生される誘導型があります。この研究では、代謝型活性酸素の産生量を増加させるによる病的状態の形成過程を観察することを目的にしました。
研究モデルとして、B細胞内の活性酸素レベルが正常レベルの3倍になるように遺伝子改変したトランスジェニックマウス(bSDHAY215F)を作製しました。ミトコンドリア内のエネルギー代謝酵素の一つ、SDHAに遺伝子変異を導入し、それをB細胞で選択的に発現するようにしたのです。B細胞を選んだ理由は、抗体量を簡単に測定できること、抗体産生細胞の分化メカニズムやB細胞受容体(BCR)のシグナル伝達機構の解明が進んでいること、などです。
この研究は、大阪大学免疫学フロンティア研究センターの黒崎教授、井上助教との共同研究です。

実際に観察した結果の代表例を示します。


【bSDHAY215Fおよびコントロール(正常)マウスの抗体産生(許可を得て論文より転載、一部改変)】


結果は、明らかにbSDHAY215F雄マウスでの抗体産生がコントロール雄マウスに比べて抑制されていることを示しています。測定した全てのIgクラス(IgM, IgG1, および IgG3)で抑制が認められ、ある種の免疫不全を呈しています。
さらにB細胞の分化過程やシグナル伝達系を詳細に解析し、bSDHAY215F雄マウスでBCR機能が減弱していること、BCRの補助受容体であるCD19分子の発現が有意に低下していることがその原因であることを明らかにしました。

この論文の意義は、ミトコンドリア内でエネルギー代謝に伴って発生する代謝型活性酸素の増加が、免疫不全という「疾患」を引き起こすことを直接証明したことにあります。また、代謝型活性酸素に対して雌は雄に比べてより強い抵抗性を持つことも重要な発見です。

代謝型活性酸素の産生量は、実際に、性別、遺伝的背景、メタボリックシンドローム、抗がん剤などの薬剤で劇的に増加します。活性酸素が増加した状態が持続することで疾患が形成されたり、疾患が悪化したりすることが考えられます。今回の知見が、新しい予防法や治療法の開発に生かされることを期待しています。

雑誌の編集者から「特に興味深い論文であり特集記事で紹介する」旨の連絡がありました。


2016.2 新しい免疫抑制化合物に関する論文がアクセプトされました。

Prenylated quinolinecarboxylic acid derivative suppresses immune response through inhibition of PAK2
プレニルキノリンカルボン酸誘導体はPAK2キナーゼの阻害を通して免疫応答を抑制する
Biochemical Pharmacology, 2016, in press, DOI: 10.1016/j.bcp.2016.01.020


さまざまな微生物由来の低分子化合物(二次代謝産物を含む)の中から、副作用の少ない新しい免疫抑制剤分子を見いだしました。プレニルキノリンカルボン酸誘導体18(PQA-18)です(PQA化合物の解説はこちら→)。
低分子化合物は、東北大学薬学研究科の大島教授、菊地准教授のグループが同定し化学合成したもので、今回の論文は共同研究の成果です。

この論文では、PQA-18が種々のサイトカインの生合成を抑制すること、作用点はPAK2(解説はこちら→)というシグナル分子であること、マウスを使った実験で抗体(免疫グロブリン)産生が抑制されること、を明らかにしています。
さらに、マウスアトピーモデルを用いて、実際にPQA-18軟膏をうすく塗布することにより、アトピー性皮膚炎が著しく改善することをいくつかの指標で示しています。


【アトピー性皮膚炎の改善】
治療を行わなかった場合(none)やワセリンだけを塗布した場合(vehicle)に比べて、PQA-18軟膏を塗布した場合にはひっかき傷の出血が全く観察されず、明らかに皮膚症状が改善している。現在、臨床で良く用いられている免疫抑制剤FK506も皮膚症状を良く抑えている。


免疫抑制薬は、臓器移植のみならず自己免疫疾患やアレルギー疾患の治療薬として広く使用されています。中でも、FK506やシクロスポリンAは、種々のサイトカイン産生を抑制することにより、免疫応答を強力に阻害することが知られています。しかし、これらの薬は腎障害や肝障害、神経障害、向糖尿病性等の副作用を有することが報告されており、新たな安全性の高い免疫抑制薬の開発が期待されているのです。

PQA-18は、FK506やシクロスポリンAなどとは作用メカニズムが異なります。また、肝臓や腎臓などの組織検査や血液検査の結果、副作用も全く観察されませんでした。臓器移植、自己免疫疾患およびアレルギー性疾患(アトピー性皮膚炎等)患者は年々増加しており、副作用の少ない免疫抑制薬の臨床的重要性は高まっています。

本成果は、新たな作用メカニズムを持つ免疫抑制薬の開発につながる可能性があり、製薬企業などに受け継ぐことが期待されます。


2016.1 弘前大学との共同研究に関する論文がアクセプトされました。

Enhanced p122RhoGAP/DLC-1 Expression Can Be a Cause of Coronary Spasm
p122RhoGAP/DLC-1高発現が冠れん縮の原因かもしれない
PLoS ONE 10(12): e0143884, DOI: 10.1371/journal.pone.0143884, 2015


冠動脈のれん縮(けいれん)が突然発生し、場合によっては心不全から死に至る原因不明の疾患が冠れん縮性狭心症(coronary spastic angina)です。突然死の原因となる恐ろしい疾患です。

この疾患の原因としてさまざまな要因が考えられています。私たちは、冠動脈の収縮を引き起こす細胞内カルシウムイオン濃度上昇の調節異常に注目して、弘前大学大学院医学研究科循環器グループ(奥村教授、長内准教授)と共同研究を続けてきました。この論文は下記文献に続く5報目です。

細胞内カルシウムイオン濃度の上昇を引き起こすシグナル分子の一つにホスホリパーゼC-delta 1(PLC-?1)があります。この分子の活性化を担う分子の一つがp122RhoGAP/DLC-1(解説はこちら)です。これまでの共同研究から、この疾患の冠動脈においては、p122RhoGAP/DLC-1から PLC-?1 活性化に向かうシグナル経路に変化が起こり、結果として、細胞内カルシウムイオン濃度が上昇し、収縮が起こりやすくなっている(または、弛緩しにくくなっている)ことが可能性の高い仮説として示されていました。

今回は、冠動脈平滑筋にp122RhoGAP/DLC-1を高く発現するようなトランスジェニックマウスを作製して、実際に冠動脈にれん縮が起こるかどうかを確かめました。その結果、正常マウスに比して、トランスジェニックマウスではエルゴメトリンの冠動脈収縮作用が有意に高くなり、より強い収縮が起こることがわかりました。仮説の実証に一歩近づきました。

これらの成果が、今後、この疾患の根本的な原因の解明や、より良い治療法の開発などに応用されることが期待されます。

関連論文
Coronary vasospasm induced in transgenic mouse with the increased phospholipase C-?1 activity. Shibutani S, Osanai T, Ashitake T, Sagara S, Izumiyama K, Yamamoto Y, Hanada K, Echizen T, Tomita H, Fujita T, Miwa T, Matsubara H, Homma Y and Okumura K. Circulation 125: 1027-1036, 2012

p122 Protein Enhances Intracellular Calcium Increase to Acetylcholine. Its Possible Role in the Pathogenesis of Coronary Spastic Angina. Murakami R, Osanai T, Tomita H, Sasaki S, Maruyama A, Itoh K, Homma Y and Okumura K. Arterioscler Thromb Vasc Biol 30: 1968-1975, 2010

Enhanced activity of variant phospholipase C-?1 protein (R257H) detected in patients with coronary artery spasm. Nakano T, Osanai T, Tomita H, Sekimata M, Homma Y and Okumura K. Circulation 105: 2024-2029, 2002

Enhanced phospholipase C activity in the cultured skin fibroblast obtained from patients with coronary spastic angina: possible role for enhanced vasoconstrictor response. Okumura K, Osanai T, Kosugi T, Hanada H, Ishizaka H, Fukushi T, Kamada T, Miura T, Hatayama T, Nakano T, Fujino Y, Homma Y. J Am Coll Cardiol 36: 1847-1852, 2000