解説 Key words


p21-activated kinases (PAKs)

PAKsは、低分子量GTP結合タンパク質であるCdc42やRacにより活性化される一群のキナーゼ(ファミリー)で、細胞増殖、細胞運動、細胞骨格形成、生存など、細胞の基本的な機能制御に関与します。

これまでに6種類のPAKs(PAK1-PAK6)タンパク質が報告されており、アミノ酸配列の相同性、ターゲット基質、特異的阻害薬の感受性などから大きく2つのグループに大別されます(Rudolph J, 2015)。

グループⅠに属するPAK2は、免疫系T細胞に高く発現しており、ノックアウトマウスを用いた解析からT細胞の発達(Phee H, 2014)、活性化やサイトカイン(例えばIL2)産生に重要な役割を果たすことが報告されています(Chu PC, 2004)。

PAK2は、不活性状態では2量体化で存在します。Kinase domainともう一つの分子のAutoinhibitory domainが結合することにより、キナーゼ活性が抑制されます。活性化反応は、GTP-Cdc42やGTP-RacがPAK2のGTPase-binding domainに結合することにより起こります。この結合により2量体形成が妨げられ、単量体化します。その後、PAK2は分子内のSer-141、Ser-165、Thr-402を自己リン酸化し完全な活性化状態となり、コフィリンやヒストンH4などの基質タンパク質をリン酸化することで、細胞増殖、運動、生存を調節するのです(下図)。特に、Ser-141のリン酸化は、活性化状態を保つために必須の役割を果たすことが報告されています(Jung JH, 2005)。



プレニルキノリンカルボン酸誘導体
(Prenylated quinolinecarboxylic acid [PQA] derivatives)

Ppc-1構造を基本とする一連の構造誘導体の総称である。Ppc-1は、細胞性粘菌Polysphondylium pseudo-candidumの二次代謝産物中から見いだされた化合物で、キサンツレン酸を中心骨格に持つ。
Ppc-1はミトコンドリア酸素消費を増加させる脱共役活性を有するが、個体レベルの作用として、腎臓や肝臓に障害をあたえること無しに体重を減少させる効果を持つことがわかっている(Suzuki T, et al, 2015)。

PQA誘導体については、これまでに14種を化学合成した(Kikuchi H, et al, 2015)(下図)。現在、種々のバイオアッセイ系を用いて各化合物の生物活性を評価している。

今回、PQA-18がp21-activated kinase 2(PAK2)を非競合的に阻害することにより、IL2、IL4、IL6、TNFαなどのサイトカイン産生を阻害し、免疫応答を抑制することを見いだした。さらに、PQA-18ワセリン軟膏が、アトピー性皮膚炎モデルNc/Ngaマウスの皮膚症状を著しく改善することを示すことに成功した。



p122PhoGAP/DLC-1

p122は当初、PLC-delta1に結合する分子として単離されましたが(Homma Y and Emori Y, 1995)、低分子量GTP結合タンパク質RhoのGTPase活性を強力に促進する能力を有することから、イノシトールリン脂質シグナル系とRhoシグナル系の相互調節(cross talk)を担う分子として注目され、p122PhoGAPと命名されました。その後、Yagisawaらによる詳細な解析で、実際にRhoの負の調節因子として細胞接着や細胞運動の調節に関わることが示されました。

一方、ヒト肝臓がんの遺伝子解析から、多くの肝臓がんで共通して欠損する遺伝子のひとつ(DLC1: Delete in Liver Cancer)がこの分子と同一であることが判明しました(Miller MJ, et al, 1998)。それを受けて、p122PhoGAP/DLC-1という名称になりました。

さらに、この分子を詳細に解析したYagisawaらは、新しい調節や機能に着目したSTART-GAP/DLCの名称を提唱していました。
以下、故八木澤仁博士のホームページからの転載です。

【デルタ型PLCの結合タンパク質START-GAP/DLCは新しい抗がん遺伝子産物である】
1995年、私たちの共同研究者である本間博士らはデルタ型PLCの結合タンパク質であるSTART-GAP1のcDNAをラット脳よりクローニングしました。STARTというのはこのcDNAがコードするタンパク質がSTARTドメインという脂質結合部位(未確定)を持つこと、また、アクチン細胞骨格系を制御する低分子量Gタンパク質であるRhoやCdc42を抑制するGTPアーゼ活性化タンパク(GAP)であることを表しています。START-GAP1はPLCファミリーの中でデルタ型PLCのみに結合し、その活性を亢進します。その後、1998年にアメリカ国立がんセンターのPopescue博士らは、ヒト肝臓がんにおいて欠損している染色体領域を絞り込み、それがラットSTART-GAP1に相同なタンパク質をコードするということでDLC(Delete in Liver Cancer)1という名前をつけました。今では、肝臓がんばかりでなく、大腸がん、乳がん、前立腺がんなど多くの腫瘍でDLC1やその相同遺伝子であるDLC2やDLC3の欠損や発現抑制がみられ、特にDLC1は腫瘍マーカーのひとつとして認知されつつあります。私たちはSTART-GAP/DLCが細胞の形態や運動性に重要な影響を与えることに焦点をあて、その抗がん作用を明らかにしようと考えています。私たちはSTART-GAP1/DLC1が細胞の形態維持や運動性に重要な接着斑とよばれる領域に局在化することを見つけました。その局在化の分子機構を明らかにする過程で、テンシンやビンキュリンなど他の接着斑構成タンパク質と相互作用する部位を決めることができました。がんの症状が重くなるのには、細胞の異常増殖だけでなく、変形して病巣に浸潤したり、運動によって転移したりすることが必要で、その際、接着斑形成の異常も起こっているものと思われます。つまり、前述のがんの診断ばかりでなく、がん細胞の形態や運動を制御する因子を開発するという視点からもSTART-GAP/DLCの研究を進める必要があります。