福島県立医科大学 解剖・組織学講座

研究紹介

細胞内における代謝活性の調節は細胞の恒常性を維持し、外界環境の変化に適切に対応するために必要不可欠です。真核生物は細胞内に脂質膜で囲まれたたくさんの細胞内小器官(オルガネラ)を持ち、個々のオルガネラはそれぞれ固有の生理機能を担っています。そして、これら多様なオルガネラの機能はお互いに精妙に調節され、全体として細胞、組織、ひいては個体レベルでの恒常性を保っています。(1)「オートファジー」というタンパク質分解の調節機構、(2)「メンブレントラフィック」、なかでも小胞輸送を介した細胞内タンパク質輸送、及び(3)糖代謝シグナルの調節系などに注目し、研究を行っています。さらに最近は、(4)がんマーカーの候補分子について、その機能解析を開始しました。

(1)オートファジーの分子膜動態機構と病態生理機能

細胞内には二つの細胞内分解経路があり、ユビキチン-プロテアソーム系とオートファジー‐リソソーム系として知られています。前者はユビキチン化タンパク質の選択的分解に関わり、後者は細胞質成分の大規模かつ非選択的な分解経路であるとされていますが、最近は明確に区別できない現象が多々報告されています。オートファジーの生理機能としては、飢餓時に肝臓や筋肉で自らの一部を削りとってアミノ酸を供給し、栄養源として再利用する生体のリスク対応機構としての働きが有名ですが、飢餓時でなくてもミトコンドリアなどのオルガネラや凝集物の処理などを行うことで細胞内品質管理機構としての役割を持つ他、受精卵の初期発生、抗原提示、炎症性疾患、発ガン、神経変性疾患、心不全、筋萎縮症、糸球体症といった様々な生命現象・病態に関与することが次々に明らかとなっています。

オートファジー過程には非常に特徴的な膜動態が関わります。まず、隔離膜と呼ばれる膜構造体が伸張し細胞質の一部を隔離することで、オートファゴソームというオルガネラが形成されます。そこに分解酵素を持つリソソームが融合することによりオートファゴソームの中身が分解されます。この現象には30以上のオートファジー関連分子(Atg: autophagy-related)が関与しており、オートファゴソーム形成の分子メカニズムが次から次へと明らかになっている状態です。

私たちの研究室では、オートファジー不能マウスの作製グループと共同研究を進め、オートファジーの細胞内品質管理という機能的側面の重要性を指摘し、このことが神経変性疾患や発がんに関与することを明らかにしてきました。この過程で多くの細胞内凝集物を観察しましたが細胞にとってこれら凝集物の処理がいかに大切かを学びました。今後もオートファジーの生理病態機能の研究を進めてゆきます。一方で、最近はオートファゴソーム隔離膜の由来に関わる研究にも着手しています。この問題はオートファジーが発見された1960年代以来謎とされてきた部分です。新知見が発見される中、ライブセルイメージング・電子線トモグラフィー・超解像顕微鏡などの先端的形態解析法や、今なお匠の技が求められる免疫電顕技術を武器に挑みます。

(2)メンブレントラフィック

細胞内で合成された分子は、その機能する場所に速やかに運ばれていく必要があります。細胞内のオルガネラで働く分子、特に膜に挿入された分子、細胞外に分泌される分子などはオルガネラの間を脂質膜で包まれた輸送小胞と呼ばれる袋に乗って移動します。これをメンブレントラフィックと呼びます。

例えば小胞体で新規に合成された膜タンパク質はゴルジ体まで輸送された後、行き先別に選別され、目的地に向かう輸送小胞に積み込まれます。さらに、それぞれの輸送小胞はゴルジ体を離れ移動し、目的の細胞内小器官の膜に正確に到達したのち、輸送小胞と小器官の脂質膜同士が融合する事で内容物が目的地に移動できます(Movie1, 2を参照)が、この輸送機構が生体内でどのように調節され、個々の分子を本来の場所に到達させるのかは未だ謎が多く残されています(2013年のノーベル医学生理学賞はこの分野における先駆的な科学者たちに贈られました)。

私たちの研究室では、これらの複雑な過程のなかでも、特にゴルジ体から後(ポストゴルジと呼びます)のオルガネラへの輸送経路を調整する分子機構について着目しています。ポストゴルジのメンブレントラフィックは生体においてはホルモン分泌、極性形成、神経伝達物質放出など、生理的に重要な生命現象に密接に関連しており、培養細胞だけでなく、ショウジョウバエやマウスといったモデル生物をもちいて実験を用い、詳細な分子機構だけでなく、個体におけるメンブレントラフィックの重要性(発生、組織形成、生理、病態など)を明らかにすることも目標としています。

(3)糖代謝シグナルの調節系

従来増殖因子と認識されていた線維芽細胞増殖因子(FGF)が代謝機能を有することが判ってきました。中でも、糖・脂質代謝に関与するFGF21に注目し、その作用機作の解析を試みています。

アミノ酸配列が決定された当時(PNAS. 1985 Oct;82(19):6507-11.)、二つしか同定されていなかったFGFも現在ではゲノム上22種存在する事が示されています。7つのサブファミリーのうち、FGF15/19サブファミリーは生理的条件下で受容体と結合出来ず、偽遺伝子とも考えられていました。ところがFGF23遺伝子欠損マウス、また、FGF21高発現ラットが代謝に関わる顕著な表現型を示す事が判り、知られざる機能の発見と併せ、その機能発現様式に興味が集まりました。

Klotho発現不全が類似の表現型を示すことに着目し、FGF受容体が選択的にKlothoと結合することを示しました。 Klothoファミリー分子とFGF受容体の複合体形成が、偽遺伝子とも考えられていたFGF15/19サブファミリーとの安定した結合を可能にし、情報伝達を可能にする事を明らかにしました。

現在、既存の増殖シグナル系が如何に代謝機能を発揮出来るのか、また、複合体形成が如何に代謝シグナルをオンにするのかを明らかにしようとしています。

(4)がん関連遺伝子の機能解析

がんで高発現する遺伝子に注目し、その病態機能についての研究も開始しました。興味あることにその中には細胞内膜輸送やオートファジーに関係する遺伝子も含まれます。新たながんの診断法や新規治療戦略の開発に貢献します。

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