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「大脳皮質における動的ベイズ推定の神経基盤」
船水章大 (公募班員)
沖縄科学技術大学院大学 (OIST)

Neural substrate of dynamic Bayesian inference in the cerebral cortex.
Funamizu A, Kuhn B, Doya K.
Nature Neuroscience (2016) doi:10.1038/nn.4390.

プレスリリース(日本語)(2016.9.20)
プレスリリース(英語)(2016.9.20)


「大脳皮質における動的ベイズ推定の神経基盤」

概要
 不確かな感覚情報を自分の行動に補い合わせることで現在の状況を推定することは,ヒトや動物の高度な認知機能のひとつで,そのしくみの解明は脳科学の大きな課題です.一方,この脳科学上の課題は,工学分野では,動的ベイズ推定という理論で実現されています.本研究は,大脳皮質の頭頂葉が,動的ベイズ推定の重要な2要素を実現することを発見しました.具体的には,頭頂葉は,自身の運動による状況変化の予測と,感覚情報による予測の更新を実現しました.本研究は,これまで理論的な提案にとどまっていた仮説に,実験的な検証で証拠を示した初の成果となります.

はじめに
 動物は,雑音下や暗闇といった感覚情報の不確かな状況でも,行動する必要があります.不確かな感覚情報を行動情報と補い合わせることで現在の状況を推定することが重要です.この推定は,工学分野では,動的ベイズ推定 (例:カルマンフィルター) で実現されています.動的ベイズ推定は,自身の運動による状況の変化を予測し,感覚情報の取得で予測を更新します.例えば,マウスが暗闇を移動する場合,自身の歩行運動と仲間からの声で,巣の位置を推定できます.
 大脳皮質は,ベイズ推定を実装する脳部位として注目されてきました.また,動的ベイズ推定は,人工的な神経回路網で実現できることが示されています.大脳皮質は,6層のコラム構造を持ちますが,皮質2,3,5層の錐体細胞で,ボトムアップ信号 (感覚情報) とトップダウン信号 (自身の運動情報) を統合します.なお,運動情報は,皮質深層での神経活動に特に反映されるため,私たちは,大脳皮質の2,3,5層,特にその深層が,動的ベイズ推定を実装すると予想しました.
 この仮説を検証するために,マウスで,仮想環境下での音源到達課題を実施し,マウスが断続的な聴覚情報のもとで,自身の歩行運動をもとに目標の位置を推定する脳のしくみを調べました.二光子顕微鏡での神経細胞カルシウムイメージングと,脳情報デコーディング技術を用いた結果,大脳皮質の頭頂葉の皮質3・5層は,動的ベイズ推定と同様に,自分の行動をもとに目標位置の変化を予測し,感覚情報で予測を更新することがわかりました.

自らの運動に基づく距離予測
 私たちは,発泡スチロールのボールの上にマウスをのせ,ボールの回転に応じて周囲のスピーカーからの音の強さと方向を変える仮想現実環境を構築しました.音源到達課題の1試行は,音源が約1メートル先の状態から始まり,マウスが前進してボールを回すと,音源が近づきます.マウスが音源の位置に来ると,目の前の管から砂糖水を提示されました.マウスは学習後,音源に近づくにつれて管をなめる行動を増加させました.
 次に私たちは,音源に向かう途中の約20センチのいくつかの区間で,音を止めました.この実験でも,音源に近づくにつれて,マウスは管をなめる頻度を増やしました.この結果は,マウスは自分の歩行運動をもとに目標位置を予測したことを示します.また,私たちは,マウスの頭頂葉に神経活動を抑制する薬 (GABA-A 受容体作動薬:ムシモール) を注入すると,音の無い区間では管をなめる行動が増えない,つまり自分の行動による目標位置の予測がうまくできなくなることを発見しました.

頭頂葉の神経細胞による動的ベイズ推定の実現
 8匹のマウスで,音源到達課題時の頭頂葉の数百個の神経細胞の活動を,二光子顕微鏡で同時計測しました.多くの神経細胞は,目標位置への距離に応じて活動を変化させました.また,これらの神経細胞の多くは,音の無い区間でも,その活動を維持しました.
 神経細胞集団の活動が意味するものを探るため,私たちは脳情報デコーディング技術を応用しました.この技術は,音のある区間で個々の神経細胞がどの距離でどれくらい活動するかという特性(コーディング)を調べて,ある時点での多数の細胞の活動からゴール距離を確率的に推定(デコーディング)します.頭頂葉の神経細胞集団は,音の無い区間でも,マウスの歩行に応じたゴール距離の変化を予測しました (図1).また,音のある区間では,距離予測の精度が向上しました.頭頂葉は,外界からの感覚情報が無い場合にも行動から現在の状態を予測し,感覚情報が得られるとその予測を更新するという,動的ベイズ推定を実現していることが明らかになりました.

おわりに
 これまで,大脳皮質の神経回路が動的ベイズ推定を行うという理論的な仮説はありましたが,実験的に検証されていませんでした.私たちは,課題中のマウスの多数の神経細胞の活動を計測・解析することで,大脳皮質の頭頂葉が自らの運動情報による動的ベイズ推定に関わることを示す証拠を得ました.
 本研究は,新学術領域研究「適応回路シフト」と新学術領域研究「予測と意思決定」(http://www.decisions.jp) との連携により得られた成果のひとつです.また,本研究は,科研費若手B,沖縄科学技術大学院大学の研究費の補助を受けて実施されました.

 



投稿日:2016年10月27日