領域の概要

本領域の目的

私たちの脳機能の基盤は、膨大な数の神経細胞が結びついたネットワーク(神経回路)です。神経回路は、動物の発達や学習の段階に応じて、ダイナミックな遷移を繰り返すことが知られています。たとえば、試行錯誤によって行動を学ぶオペラント学習において、行動を獲得する過程と、それを獲得した後に習慣的に実行する過程では、行動を媒介する回路が異なることが知られています。また、脳や脊髄の一部の損傷により運動機能が損なわれることがありますが、訓練やリハビリテーションによって機能回復が認められる際、脳内では大規模な回路の再編が次々と誘導されることも知られています。

このような遷移と再編を含めた回路の機能シフトは、環境変化に応じて行動を柔軟に調節するために、また、失われた機能を代償し、回復するために、動物にとって極めて重要な適応戦略となっています。回路機能シフトは個体の生存や種の存続に必須であるにも関わらず、それが何故、どのように起きるのかというメカニズムについては、これまでほとんど研究が進んでいません。

本領域では、神経回路を操作し、解析するための新しい技術を駆使して、行動の調節に重要な神経回路の発達や遷移、回路の損傷に対する機能代償と再編成のメカニズムを明らかにしたいと考えています。

本領域の内容

行動の基礎になる神経回路の機能を明らかにするためには、回路を構成する単位である神経細胞や神経路の機能を操作し(回路操作)、脳全体の活動や行動がどのように変化するかを観察することが大切です。その結果として、回路と機能の因果関係を明らかにすることができます。

私たちが開発した特定の神経路の機能を操作する技術を動物モデルに利用し、さらに脳機能の画像化や計算論のアプローチを駆使し、回路の動態の変化を解明します。この変化と行動を結びつけることによって、動物が行動を学習する際、あるいは、それを切り替える際に、神経回路がどのように働くか、そして、機能シフトを起こすのかを研究します。また、脊髄や脳の一部を損傷した場合、回路がどのように再編成を起こし、機能の回復に結びつくのかという脳内機構の解明に迫ります。

期待される成果と意義

回路機能の障害は、さまざまな精神・神経疾患の発病や病態に深く関わっています。本領域で取り組む神経回路の機能シフトの研究成果は、学術的な重要性ばかりでなく、臨床医学的にも重要な意義を持ちます。これらの研究成果は、高次脳機能障害の病態を発現するメカニズムや脳や脊髄の損傷後に起こる機能代償のメカニズムについて、神経回路レベルでの理解に結び付きます。詳細な回路動態の解明は、疾患の病態を改善し、回復させるための科学的エビデンスに基づいた合理的な治療法やリハビリテーションのアプローチの開発に繋がることが期待されます。また、発達や学習の脳内機序を知ることは、効果的な教育・訓練法の開発につながる可能性があります。